台風は過ぎ去ったようでホッとする。



 私はTVゲームが趣味でした。今ではそれほどやっていませんが、盛んなときは寝食を忘れてゲームをプレイしていたものです。私がゲームすることを良く思わない家族の目を盗みながら。
 あるとき、私は有名な大作RPGシリーズの3番目の作品をプレイしていました。ゲームも佳境に入り、そろそろ終わろうかというところでした。最後のダンジョンだけあって、やたら長いし、中断するところもないし、戦闘ではほぼ逃げられないし、最後のボスはかなり手強いものでした。何回かパーティーが全滅しそうになる危機を乗り越え、私はゲームをクリアすることが出来ました。数時間の我慢は報われたのです。
 そのとき感じた充実感を、私は忘れることができません。他のゲームより、そのゲームをプレイするのは特別にしんどかった感じがあるので、その思いは余計に強くなったようです。今のプレイヤーに優しいゲームでは、そのような充実感はあまり感じなくなりました。こんな充実感をまた感じてみたいものです。


「充実感」がテーマ。


 私が今までの人生で、信頼感を抱いた人は二人いました。それは、私の母と、私が会社に勤めていたころの上司です。
 母は、共働きの、ごく普通の主婦でした。私が一人暮らしをしていたころ、私が帯状疱疹で寝込んだときに、アパートに来てくれて、いろいろと面倒を見てもらいました。そのときまで私は心の中では、母のことをうざったい存在と思っていたのですが、それからはとても頼りになる人だなあと思うようになりました。一緒に住んでいたころは、食事も作ってもらいました。  
 私の上司は、私とは全く価値観の違う方ですが、よく私の話を聞いてもらっていました。仕事も出来る方で、私の処理しきれない仕事をよく頼んでやってもらいました。私は彼女を信頼していました。
 いざというときに頼れる人がいることに越したことはないと思います。もっとも、今の私にそういう人はいませんが。知り合いはいても、信頼感を抱くにいたるまではなかなかいたらないものです。

「信頼感」がテーマ。